教師の仕事が、
ふとした瞬間にしんどく感じることはありませんか。
授業や行事、部活動。
生徒や保護者、そして同僚との関わり。
やりがいはある。
でも、気づけば毎日が精一杯で、
心に余裕がなくなっている。
僕自身、
中学校教師として働く中で、
何度もそんな感覚を抱いてきました。
仕事を投げ出したいわけではありません。
生徒のことも、学校のことも、
大切にしたいと思っています。
それでも、
「このしんどさは、どこから来ているんだろう」
そう考えるようになりました。
この記事では、
教師の仕事がしんどいと感じたときに、
僕が考えるようになったことを、
実体験をもとにまとめています。
この記事を読むことで、
- しんどさの正体を、少し言葉にできる
- 「自分だけじゃない」と感じられる
- 無理をしすぎない考え方を持てる
そんなきっかけになれば嬉しいです。
しんどさの正体は「忙しさ」だけじゃなかった
教師の仕事がしんどいと感じていた頃、
僕はずっと、理由を「忙しさ」だと思っていました。
授業準備に追われ、
行事や会議が続き、
放課後は部活動。
確かに、
時間的にも体力的にも余裕はありません。
でも、
少し立ち止まって考えてみると、
しんどさの原因は、それだけではない気がしました。
一番大きかったのは、
常に「ちゃんとしなければいけない」と思い続けていたこと
だったと思います。
授業は分かりやすく。
生徒には公平に。
保護者対応は丁寧に。
学校全体のことも考える。
どれも大切なことです。
だからこそ、
手を抜いてはいけないと思っていました。
その結果、
いつの間にか、
自分に対してとても厳しくなっていました。
うまくいかなかった授業を、
必要以上に引きずったり。
生徒のことで悩み、
家に帰ってからも頭が切り替わらなかったり。
「もっとできたはず」
「まだ足りない」
そんな言葉を、
無意識に自分に向けていたのだと思います。
また、
教師という仕事は、
成果が数字で見えにくい仕事でもあります。
一生懸命やっていても、
「これで正解だったのか」は分かりにくい。
だからこそ、
常に不安が残り、
気持ちが休まる時間が少なくなっていました。
忙しさに加えて、
- 責任の重さ
- 期待へのプレッシャー
- 自分自身への厳しさ
これらが重なって、
心の余裕を少しずつ削っていた。
それが、
僕が感じていた「しんどさ」の正体だったように思います。
ここまで考えて、
ひとつ大切なことに気づきました。
教師の仕事がしんどく感じるのは、
弱いからでも、向いていないからでもない。
むしろ、
真面目に向き合っている人ほど、
しんどさを感じやすいのではないか。
そう思うようになりました。
この気づきは、
自分を責め続けていた気持ちを、
少しだけ軽くしてくれました。
「頑張りが足りない」のではなく、
「頑張りすぎていた」だけかもしれない。
そう考えられるようになったことが、
次の行動につながっていきました。
真面目な人ほど、限界に気づきにくい
振り返ってみると、
しんどさを感じていた頃の僕は、
「まだ大丈夫」と思い続けていました。
体は疲れている。
気持ちにも余裕がない。
それでも、
「これくらいで弱音を吐くのはよくない」
そんなふうに考えていたと思います。
教師という仕事は、
真面目な人ほど、
無理を重ねやすい仕事だと感じます。
生徒の前では、
できるだけ安定した姿でいたい。
学校の一員として、
責任ある行動を取りたい。
そう思うほど、
自分の状態よりも、
周りを優先してしまう。
また、
忙しさが当たり前になると、
「限界のサイン」に気づきにくくなります。
少し疲れていても、
今日はたまたまだと思う。
気持ちが沈んでも、
一時的なものだと流してしまう。
そうやって、
無理をしている感覚そのものに、
慣れてしまうのだと思います。
僕自身、
「ちゃんとやれているか」ばかりを気にして、
「今の自分は大丈夫か」という問いを、
後回しにしていました。
休むことや立ち止まることに、
どこか罪悪感があったのかもしれません。
でも、
真面目に向き合っているからこそ、
疲れが溜まるのは自然なことです。
限界に気づかないまま走り続けるより、
早めに自分の状態を確認するほうが、
結果的に長く続けられる。
今は、
そう考えるようになりました。
大切なのは、
「頑張らないこと」ではなく、
「頑張り続けられる状態をつくること」
だと思います。
そのためには、
自分のしんどさを否定せず、
一度立ち止まって見つめることも必要です。
「まだ大丈夫」
そう思っているときほど、
一度、自分に問いかけてみてほしい。
今の自分は、
本当に余裕を持てているだろうか。
この問いを持てるだけでも、
しんどさとの向き合い方は、
少しずつ変わっていくと思います。
自分を守るために、考えるようになったこと
しんどさの正体に気づいてから、
僕は少しずつ、
自分との向き合い方を変えるようになりました。
大きく何かを変えたわけではありません。
働き方が急に楽になったわけでもありません。
それでも、
考え方を変えることはできました。
まず意識するようになったのは、
「全部を完璧にやろうとしない」ということです。
教師の仕事は、
やろうと思えば、
いくらでも手をかけられます。
でも、
そのすべてを抱え込んでしまうと、
心も体も持ちません。
今の自分が、
無理なくできる範囲はどこまでか。
そこを意識するようになりました。
次に、
仕事と自分の人生を、
少し切り分けて考えるようになりました。
教師という仕事は、
自分の一部ではあるけれど、
自分のすべてではない。
そう考えられるようになったことで、
仕事の出来=自分の価値
という思い込みが、
少しずつ薄れていきました。
また、
自分のための時間を、
意識的につくるようにもなりました。
長い時間でなくて構いません。
ほんの短い時間でも、
自分が「前に進んでいる」と感じられることをする。
考えを整理したり、
学んだり、
書いたり。
そうした時間があることで、
仕事のしんどさを、
必要以上に引きずらなくなった気がします。
何より大きかったのは、
「しんどいと感じている自分を、否定しない」
と決めたことです。
しんどいと思うのは、
逃げたいからではなく、
ちゃんと向き合っている証拠。
そう考えられるようになってから、
自分にかける言葉が、
少しだけ優しくなりました。
しんどさをゼロにすることは、
簡単ではありません。
でも、
しんどさに押しつぶされないように、
自分を守ることはできる。
今の僕は、
そう思っています。
まとめ|しんどさを感じるのは、真剣に向き合っている証拠
ここまで、
教師の仕事がしんどいと感じたときに、
僕が考えるようになったことをお話ししました。
仕事がしんどいと感じるのは、
弱いからでも、向いていないからでもありません。
むしろ、
真面目に向き合っているからこそ、
生まれる感情だと思います。
大切なのは、
「頑張り続けること」ではなく、
「頑張り続けられる状態をつくること」。
そのためには、
自分のしんどさに気づき、
一度立ち止まって考えることも必要です。
もし今、
教師の仕事がしんどいと感じているなら、
今日一日を振り返って、
自分にこんな問いを投げかけてみてください。
「今の自分は、少し無理をしていないだろうか」
それだけでも、
明日の過ごし方は、
きっと少し変わるはずです。
このブログでは、
これからも
仕事・お金・健康・家族との時間について、
悩みながら考えたことを、
正直に書いていきます。
同じように悩んでいる方の、
心が少し軽くなる場所になれば嬉しいです。
この記事で書いた内容も含めて、
家計・通信・投資・働き方についての考え方を
一つにまとめた記事はこちらです。

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